小さなホテル 燈

〒097-0026 稚内市ノシャップ2丁目 2番8号 Tel(0162)24-8828

小さなホテル 燈 - 建物近くの公園より見える、夏の夕暮れ

稚内公園

・氷雪の門
かえらぬ樺太への望郷の念と、かの地で没した幾多の同胞の霊を慰めるため、昭和38年8月に建立以来、稚内市では毎年8月20日に、樺太ゆかりの人々による慰霊祭を行っています

・九人の乙女の碑
終戦直後の昭和20年(1945年)8月20日、ソ連軍による樺太真岡侵攻の最中、勤務する真岡郵便局の交換台を最後まで守り、自らの命を絶った9人の若き女性交換手を慰霊する為に、昭和38年に建立されました。慰霊碑には亡くなった9人の名前、彼女
達の最後の言葉となった「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら」の文が刻まれています。

・南極観測樺太犬訓練記念碑
昭和32年、国際地球観測年を機に、日本が初めて南極観測に参加するにあたって、極地での物資輸送を目的に"犬ぞり隊"が編成されました。
この"犬ぞり隊"の主役が、稚内周辺から集められた樺太犬たちです。
南極へ出発する前に、"犬ぞり隊"は稚内公園で8ヶ月間、厳しい訓練を受け、その中から選び抜かれた22頭の樺太犬は、南極観測船『宗谷』で白い大陸に渡り、任務をまっとうしました。
しかし、南極の悪天候を克服できず、樺太犬15頭が現地に置き去りにされて死ぬという悲劇を被りました。
そして、昭和34年1月、第3次越冬隊がタロ・ジロの奇跡的な生存を確認し、当時世界の人々を感動させたことは今日でもよく知られています。
稚内市は、樺太犬の功績を讃え、『南極観測樺太犬訓練記念碑』を制作しました
記念碑はブロンズ像で、台座には南極で採取した白石が埋め込まれています。
除幕式には、樺太犬を南極に置き去りにした隊員への非難と、タロ・ジロの奇跡の生還の歓喜がうずまく中で、昭和35年7月、関係者多数の出席のもと、とり行われました。

開基百年記念塔・北方記念館

稚内市は、昭和53年7月、“開基百年”を記念して、稚内公園の丘陵上の海抜170メートルに開基百年記念塔を建設しました。
鉄筋造2階建の“北方記念館”を基部に、地上80メートルの高さをもつ鉄筋コンクリート中空型の“記念塔”からなっています。
北方記念館は1階と2階にわたって、郷土および樺太関係の資料が揃っています。
開基百年記念塔は地上70メートルの高さにガラス張りの展望台があり、ここから南は広大なサロベツ原野、宗谷海峡、西は利尻・礼文の展望、そして北はサハリンの島影を捉えることができます。
まさしく、360度の大パノラマが、海抜240メートルに展開し、稚内ならではの景観を楽しむことができるのです。


北防波堤ドーム

設計者は北海道大学を卒業して3年目、北海道庁の技師として稚内築港事務所に赴任してきた当時26歳であった土谷実氏です。北埠頭が旧樺太航路の発着場として使われていたとき、ここに通じる道路や鉄道へ波の飛沫がかかるのを防ぐ目的で、昭和6年から昭和11年にかけ建設された防波堤です。樺太へと渡る人々で賑った頃のシンボルでもあり、古代ローマ建築物を思わせる太い円柱となだらかな曲線を描いた回廊は、世界でも類のない建築物として内外の注目をあびています。
半世紀を経て老朽化が著しかったため、昭和53年から3年間、全面的に改修工事が行われ、昭和55年にその独特の景観が蘇りました。
高さ13.6m、柱の内側から壁までが8m、総延長427m、柱の総数70本、半アーチ式の構造形式です。 2001年には北海道遺産に指定されています。


| トップページ | 客室案内 | お食事処 | 観光案内 | ご予約・宿泊 | 周辺地図 | ご連絡 |

観光案内